あの頃の俺は、もっとキラキラしていたはず…?

いや、別にキラキラなんてしてなかったんですけどね。でも、なんかそういう幻想にすがりたくなる時ってありません? 昔、2ch(今は5chか…)で「『とんがり帽子のアトリエ』、絵が綺麗だけど、中身は…」みたいなスレが立ってたのを、ぼんやりと覚えてるんですよ。あの頃は、まだ「絵が綺麗」ってだけでハードル高かったんですよね。今思えば、なんて贅沢な悩みだったんだと。

『とんがり帽子のアトリエ』1巻、読んだ? いや、俺が読んだわw

で、今回ですよ。たまたま実家で発掘された、あの頃買った『とんがり帽子のアトリエ』1巻。もう何年ぶりだろうか。パラパラとめくってみて、まず「あー、この絵…」ってなった。柴田ヨクサル先生に似てる!とか言ってた奴、今どうしてるのかな?w いや、似てるっていうか、なんかこう、独特の線と、それでいて精密な描写。これは確かに「絵が綺麗」って言われるわな。

で、ストーリーですよ、ストーリー。主人公のココちゃんが、魔法が使えない村に住んでて、ひょんなことから魔法使いのキーフリー先生と出会って、魔法を学ぶ…っていう、まあ、王道っちゃ王道。でもね、ここからがこの作品のキモなんだなって、今更ながらに気づかされるわけですよ。

「魔法」っていうのは、結局「化学」なんだ、って。魔法使いは「魔術師」じゃなくて「魔術師」なんだ、って。この辺の根幹を揺さぶる設定、当時読んでたら「は?何言ってんの?」ってなってたかもしれないけど、今読むと「ああ、そういうことか…」って、妙にしっくりくる。

ココちゃんの「魔法になりたい!」っていう純粋な願望と、キーフリー先生の「魔法は万物に宿る」っていう冷静な分析。この対比が、読んでてゾクゾクするんですよね。結局、僕たちが「すごい!」って思うことって、そういう「当たり前」を「特別」に変える力だったりするじゃないですか。

そして、キーフリー先生のあの飄々とした感じ。それでいて、時折見せる厳しさ。あのバランス感覚、マジで尊敬するわ。弟子にしたいかって言われたら、断るけどね。めんどくさいもんw いや、でも、なんかこう、放っておけない感じもあるんだよな。

小ネタ(どうでもいいかもしれないけどw)

  • この漫画、魔法の調合とか、化学式みたいなのが出てくるんだけど、これがまた妙にリアル。昔、理科が苦手だった俺には、もはやSFの世界でしたわw
  • キーフリー先生のあの帽子、なんか既視感あるなって思ってたんだけど、もしかして、あの魔法学校の先生とか?いや、深読みしすぎかw
  • ココちゃんの絵、なんか時々、すごい力強い時があるんだよね。あの無垢な中に宿る、何かを見抜く力みたいなのが、眩しい。

結論:なんか、元気出たわw

いや、別に元気が出たっていうほど大げさなもんじゃないんだけどさ。でも、なんだろうな。あの頃、俺たちが薄ぼんやりと求めてた「何か」が、この漫画には詰まってるような気がするんだよ。

「魔法なんて、結局どこにもなかった。」

うん、そうかもしれない。でも、この漫画を読んでる間だけは、ほんの少しだけ、そんな気分にさせてくれる。それだけで、十分なんだよな。

さて、2巻も発掘しなきゃな…。


*今日の手帖に記したモノ: 『とんがり帽子のアトリエ』 1