あの頃の「俺」は、Pura X Maxをどう見たか?(※個人の妄想ですw)

いやー、なんかふと思い出したんだけどさ。昔、まだPSPとかDSが全盛期で、友達んちで夜通しゲームしてた頃。あの頃の俺って、なんでか知らんけど、最新のゲーム機より、ちょっと時代遅れの、でも「玄人向け」みたいなやつに惹かれてたんだよなw 例えば、PSPgoとか、あの独特のゲームパッドが付いてるやつとか。なんか、みんなが知らない、でも「これ、ヤベーんだぜ?」みたいな。Pura X Max見てて、なんかあの頃の感覚を思い出したわけ。時代は5GだのAIだの騒いでるけど、このスマホ、なんか「俺は俺の道を行く」っていう、そういう漢気を感じるんだよなw

Pura X Max、ぶっちゃけどうなの?

で、本題のPura X Max。正直、第一印象は「なんだこれ?w」だった。まず、あのカメラモジュール。あれ、宇宙船のコックピットかよってレベルでゴツい。まあ、最近のスマホ、みんなカメラでかいのは分かってるけど、これはなんかこう、「量より質」みたいな、そういう職人気質を感じるわけ。スペック? あー、そりゃ最新のハイエンド機には及ばないかもしれない。でもさ、それがどうした?って話じゃん?

ぶっちゃけ、俺らが求めてんのは、最高速でSNSをサクサク見ることだけじゃねーだろ? もっとこう、手に取った時の「所有欲」とか、「こいつ、なんか違うな」っていう満足感とか。Pura X Maxは、そういう「感情」に訴えかけてくる。特に、あの背面デザイン。光の加減で色が変わるやつとか、正直、ちょっと厨二病心をくすぐられるわけw

あと、OSね。GMS(Google Mobile Services)がないとか、色々言われてるけどさ、俺たちみたいな2ch世代からしたら、むしろ「それがいい」って思う人間もいるんじゃないか?w 逆に、余計なものが入ってなくて、自分好みにカスタマイズできる余地がある。そういう「手間」を楽しむのが、昔のネット民の流儀だったわけよ。もちろん、設定とかで戸惑うこともあるだろうけど、そういう「壁」を乗り越えた時の達成感、これぞ至高。

カメラ性能も、まあ、悪くない。いや、むしろ「らしい」というか。なんか、派手なエフェクトとかより、じっくり被写体と向き合って、味のある写真を撮らせてくれる感じ。風景とか、ポートレートとか、そういう「絵作り」を楽しみたい人には、刺さるんじゃないかな。AIが勝手に全部やってくれるんじゃなくて、自分で「どう撮るか」を考える余地があるのが、いいんだわ。

小ネタ:Pura X Maxと、あの頃の「違和感」w

Pura X Max見てて思い出したんだけど、昔、2chで「あー、これ、なんでこんな仕様なんだよwww」って突っ込みたくなるような、でもなぜか愛着が湧いちゃうようなガジェット、結構あったよなw 例えば、なんか無駄にボタンが多いリモコンとか、独特な形状のポータブルプレイヤーとか。そういう「説明できない魅力」って、今の時代、失われつつある気がするんだよ。Pura X Maxは、そういう「失われつつある何か」を、静かに、でも力強く主張してる。だから、俺はなんだかんだで、このスマホに惹かれるんだわ。これは、単なる「道具」じゃなくて、「思想」なんだよ、きっと。w


*今日の手帖に記したモノ: ファーウェイ Pura X Max